紹介「霊魂(プシケエ)と称ばれてあをき鱗粉の蝶ただよへり世界の涯の」「みなそこにみなもはかげをなげかけてながるる時は永遠の影」「蓮(はちす)いちりんみちたりて燃ゆ生き死にの条理のよそに浮かむかにみえ」
デビュー歌集『忘却のための試論』から七年、またも衝撃の第二歌集!
荒涼たるこの世界に生きる苦悩を、厳しい内省による研ぎ澄まされた文体で歌う。冷たく燃える詩情は、読者の抱く空虚をほのかに照らす。
[収録歌より]うちそとのかなしみのごと風すさび身熱(しんねつ)はただ吹かるるばかり灯もひとつともしておきぬ たましひのあくがれいづる夜(よ)と知りしかば生きて在る罪をおもへば山桜うすくれなゐに黙(もだ)してばかりともしびのゆらぎのこころ安からずこの世のよその風に吹き消(け)ぬこころみだるる陽気のさなか希死の蝶うかみつ消えつ花にただよふたまのをのもゆらに鳴りてしづまりしこころにぞなほもゆる火のたまふかくれなゐの腹みせて藻のまに消ゆるゐもりのいのち致死の毒もつ目覚めとは断念の謂(いひ) 春の雪ふりつむさなか駒よいななけ闇に眼はいよいよ冴えて宙空に息詰まるほど花のまぼろしみづからを赦しえざりし夜の涯のラムプに焼けて蝶か詩稿か
[「あとがき」より]パンデミック以前はいちおう自分のなかでルールを決めて歌を作っていました。能う限り文語を用いること、「われ」「わが」「吾」といった語を用いないこと、助詞の「が」を主格で用いないこと、内面の空虚と肉体の荒廃とを『試論』より洗練されたかたちで表現すること、など。ルールに反した歌および性に関する表現を含む歌はほぼすべてこの集からは落としました。中井英夫が『黒衣の短歌史』に採録した「光の函」という吉井勇と釈迢空について触れた文章で、意味の追求から解放され、空虚ななかにただひたすら光を湛えただけの函のような歌を称揚し、また別の箇所でそうした歌の詠み手として浜田到を挙げていたことがこのような集を編む気持ちにさせたようなところがあります。