【紹介】中国の死神である「無常」。寿命が尽きようとする者の魂を捉えにくるこの冥界からの使者は、日本では無名だが中国ではよく知られた民間信仰の鬼神である。冥界と密接な関係をもつ廟で盛んに祀られ、その信仰は中国にとどまらず台湾や東南アジア各地にまで広がっている。
「白と黒」のペアで存在することが多い無常は、謎の高帽子をかぶったり長い舌をダラリと垂らしたりと、強烈な視覚イメージで中国人のあいだに根づいている。だがその一方、無常がいつ、どの地域で、どのように誕生して現在に至るのか、なぜ人々は死神を拝むのか、そうした無常信仰に対する客観的な考察はこれまで十分になされてこなかった。
本書は、2年半に及ぶ中国でのフィールドワークに基づきながら、無常の歴史的変遷を緻密にたどり、妖怪から神へと上り詰めたそのプロセスや背景にある民間信仰の原理を明らかにする中国妖怪学の書。貴重な写真をフルカラーで130点以上収録。
【目次】まえがき――なぜ無常なのか
序論 謎多き無常
第1章 無常を採集する1 廟(難易度:★☆☆)2 祭り(難易度:★★☆)3 口頭伝承(難易度:★★★)
無常珍道中A――地獄のシンデレラ@山東省菏沢市鄄城県信義村・信義大廟(二〇一九年一月七日)
無常珍道中B――地獄の扉を開いたのは誰@山東省菏沢市鄄城県閆什鎮閆什村・砂土廟(二〇一九年一月八日)
第2章 無常を観察する1 無常イメージの変遷――もともと黒無常はいなかった2 無常信仰の発展原理1――馬巷城隍廟の無常信仰を事例として3 無常信仰の発展原理2――東南アジア華人の無常信仰を事例として
無常珍道中C――地獄のふもとの不届き者ども@山西省臨汾市蒲県・東嶽廟(二〇一九年一月五日)
無常珍道中D――地獄のゼリービーンズ@重慶市長寿区但渡鎮未名村(二〇一九年一月三日)
第3章 無常を考察する1 黒無常の誕生――摸壁鬼というバケモノに着目して2 白無常の誕生――山魈というバケモノに着目して
無常珍道中E――地獄の美熟女@山東省菏沢市鄄城県信義村・信義大廟(二〇一九年十一月二十一日)
結論 つまるところ無常とは
引用・参照文献
あとがき――再び、なぜ無常なのか
【著者】大谷 亨1989年、北海道生まれ。中央大学文学部卒業後、東北大学大学院国際文化研究科に進学。同大学院在学中に、廈門大学人文学院に高級進修生として留学。2022年、東北大学大学院国際文化研究科で博士号(学術)を取得。現在、東北大学大学院国際文化研究科フェロー、無常党副書記。専攻は中国民俗学。論文に「無常鬼の精怪性、あるいは中国における妖怪学の試み――無常・摸壁・山魈の類似を手がかりとして」(第19回櫻井徳太郎賞受賞)、学位論文に「無常鬼の研究――〈精怪〉から〈神〉への軌跡」(第21回アジア太平洋研究賞受賞)。