デザインを製作し始めて、100作品目の区切りとなる時に製作した非常に特別な型です。
100作品目ということでしたので、意味のある特別なものを作ろうと当時考えました。
私がアマチュア時代に江戸切子教室に4年間通っていた時に最後に考案したアマチュア時代の傑作の四つ矢来というデザインがあります。
プロでもやっていけると判断した思い出深い、当工房のオリジナルでスタンダードなデザインです。
四つ矢来という型の概念は独立して1作品目を作る以前にすでに存在しているもので、99作品作り終えた今の自分の技術に掛け算するとどうなるか?という過去と現在を結びつける作品を作ろうという特別なテーマになりました。
当時99作品作って「グラスはどうしたら綺麗に見えるか?」の論理的なポイントを28個見つけてきました。
そのうち24個の要件を盛り込んだ作品となっています。
メタモルフォーシス天開ロックグラスも天開rememberも切子(カットグラス)のデザインの行き着くところまで行き着いた「1つの答え」になったデザインかと考えております。
24個も盛り込んでいるので全て解説するととんでもない文章量になるので、かいつまんでこの作品のポイントを紹介していきます。
上部の方の四つ矢来の大枠の中に削ったカットは左から「八角籠目(はっかくかごめ)」「菊繋ぎ(きくつなぎ)」「麻の葉(あさのは)」という伝統的な文様になっております。
また3種の文様の上部には口当たりを良くするために半円状に擦っております。
八角籠目と菊繋ぎのカット難易度は最も難しい部類に入ります。
八角籠目は、透明のカットと色が残る塩梅が良く、デザイン的に優れておりますので採用しております。
特筆すべきは、八角籠目のサイズです。
ここまで小さい八角籠目を削る人、削れる人は日本にほとんどいないかと思います。
日本最高峰のカットをお楽しみ頂ければと思います。
比較として、10年以上修業を積んできた一般的な江戸切子職人が作る八角籠目のサイズの3倍の細かさでカットしております。
八角籠目は、籠の編み目で悪いものを取り除くという魔除けの意味合いが込められた縁起の良い文様です。
また、菊繋ぎも長寿、無病息災、健康、高貴、高潔など良い意味が込められた縁起の良い文様です。
底の角は2種類の「隅切り」という技法で形状を変えております。
これの目的は、
・底の形状の変化によるデザインのアクセントと面白さ
・手で持った時のカットの手触りの心地良さ
です。
デザイン性はもちろんのこと手触りを考慮した機能美によるものです。
ロックグラスを持った際に隅切りの部分に中指がかかり、持ち心地が良いかと思います。
先ほども言った通り、ほとんど当工房のオリジナルの技法で当工房のオリジナルなデザインになっていると理解して頂ければと思います。
口元部分にも細工があります。
口元側に傾斜をつけて擦ることで口当たりがとてもよくなります。
この口当たりの良さは流行りの薄張り(うすはり)のグラスの口当たりとはまた別の種類の口当たりの良さがあります。
最初に使用される時にお水を飲んでほしいのですが、口当たりの良さによってお水がすごく美味しく感じるかと思います。
人間が口当たりが良いと感じる時の要件を自分なりに洗い出して考察しました。
その要件を3つほど満たして形になっており、きっとご満足頂ける細工になっていると思います。
またこれも機能を追求した結果のデザイン、機能美に当たるものです。
中段の四つ矢来の中には楕円を4つカットしておりますが、楕円を透かして見るとX軸とY軸の違う楕円によって、魅せる表情が違います。
内側に丸くくぼませるようにカットしているので、レンズのように楕円の中の像がギュッと凝縮されたような見え方をします。
飲料の色がよく見えるように、中段から下部までの透け感を意識しつつ美しい見え方をする工夫として、このようなデザインになりました。
これも99作品作ってきた経験値があってこそのデザイン選択です。
お水を入れた時の写真です。
中段から下部にかけてのクリアな透け感をご確認頂ければと思います。
ウイスキーやテキーラなど、
・レポサド、アニェホ等の樽熟成期間による色の違い
・オーク樽、シェリー樽等の樽の種類による色の違い
を十分に楽しめるかと思います。
最後に作品名についてです。
四つ矢来というデザインを使うことで、過去と現在を結びつけて初心を思い出すことの他にもうひとつ意味があります。
ここまでやってこれたのは色んな人のおかげで、その場面場面の瞬間を今でも私は覚えています、という感謝のメッセージの意味を込めて「remember(リメンバー)」という名前を選択しました。
語尾に「~ロックグラス」という名前を付けませんでした。
過去の良い思い出を思い出す瞬間の人生の尊さと儚さをじんわり感じてもらいたかったからです。