現状の高グレード作品は縦横の格子にきっちり分かれているような作品が多いと思ったので、斜めの要素のある作品を製作しようと思いました。また、140作品ほど製作しているので、過去の作品には無い現時点での美しさの要件を満たすデザイン構成を考えました。ひし形で囲った中に菊繋ぎという伝統的な文様のカット技法を用いて、1個だけ菊をカットしております。本来ならこの菊が左右上下にいくつも連なるので「菊繋ぎ」という文様になるのですが、かなり大きいサイズにて削っているため、エンブレムの中に1個だけしか菊が入っておりません。ゆえに、「菊」の「繋ぎ」ではありません。このひし型のエンブレムが「菊1つを押し込めたような結晶、鉱石」のように感じましたので、菊結晶というデザインの型名にしました。菊のサイズはかなり大きめに調整しています。一般的に使用されている簡単に菊繋ぎを削れる機材を使用すると、エンブレム内に多くの色が残ってしまい、「菊」の「結晶、鉱石」のような輝き、ギラギラ感を表現することが出来ません。この鉱石感、結晶感を演出するために、より難易度の高い機材を用いて菊繋ぎをカットしております。江戸切子等のカットグラスのトレンドとしては、簡単にカットできる機材を用いる工房が非常に多く、職人ではない人が見ても一見すごいと感じてしまいますが、それら一般的な菊繋ぎよりも遥かに難しい高難易度の状態でこのエンブレムの菊は削られています。ちなみに20年以上やっているベテランの職人さんが私の作品をマネて高難易度の菊繋ぎに挑戦していましたが、大失敗しているのを見ました。菊のカットの線のいくらかが下部の方まで延長されて伸びており、それが合わせになってデザインを構成しています。一般的なデザインであれば、下部を大きく透かすデザインが多く、それはもちろん美しさの理にかなったデザイン選択です。ただ、この作品は透け感による美しさの向上よりも、デザイン自体の枠組みの美しさを楽しんでもらいたいという考えの下に、下部の透け感はほとんどありません。逆に上部に大きな正円をカットすることで、上部の透け感を強くしています。またこの底菊を囲む線は、実は「側面のカットが下部のカットを通じてまた側面に戻り、別の場所のカットと連結している」という状態になっております。このようなカットが出来るのは、側面と底の境界があいまいだからです。余談ですが、ここは側面なのか、あるいは底面なのか見る度に判断が変わるという曖昧さは「シュレディンガーの猫」や「地震を予知するナマズのヒゲ理論」のような「0と1を包括してそこに存在するもの」に似たものを製作者の私は感じます。ロックグラスやタンブラーのようなグラスに角が出来る物体では表現することのできない、ぐいのみの形状を生かした面白いデザイン選択となっております。デザイン製作時にかなり大変なので、こういったカットをする職人はあまりいないかと思いますし、こういう発想に至らない人も多いかと思います。伝統的な菊繋ぎのカット技法を用いておりますが、デザインのほとんどはオリジナリティに寄った面白い作品と言えます。自分用、贈り物、お店のブランドイメージアップなどにご検討頂ければ幸いです。