食品に関する膨大な知見は,長年にわたって多くの研究者によって明らかにされてきたものである.それゆえ,食品学は実験科学の1 つと位置付けられる.そのため,食品に対する理解は,講義だけでなく実験することを通してさらに深まる.耳と眼で学ぶ講義と異なり,実験は各自が実際に頭を働かせ手足を動かし,自分の眼でそのものの重さ,濁り,におい,味,色,大きさ,滴定の値などの変化を逐次、直接見定めるものである.そのツブサナ観察と結果から,たとえば,“食品にどのような成分がどれだけ含まれているかが確認でき,加工や調理の過程に照らして物質の濃度や温度,pH などの実験条件を変えるとどのような変化が起こるかを明らかにでき,それを読み解くことによって目の前の変化の裏側に隠れた要因を見つけ出すことができる.
しかしながら,学生の多くは入学して初めて化学実験を行い,化学を十分履修していない学生も多い.そのため,実験器具や試薬の取り扱いを含めて,わかりやすく使いやすいテキストが必要である.食品の実験書は数多い.しかし,初心者にわかりやすくいろいろ工夫されているものの,そのほとんどは実験を行う上での方法や諸注意,つまり,実験の技術論に終始している.
そこで本書では,実験の基礎から始めて,各実験の技術論はもちろんのこと,さらに次への展開に接続できるよう,そして,実験により食への興味と理解の深まりに誘える,そんなテキストを目指した.本書は,この趣旨の実現に向けて,実際に実験の指導に当たっている教員の経験をもとにして,食べ物の成立ちがよくわかる栄養士・管理栄養士として社会で十分活躍できることを願い,実験の内容を吟味した。
各ジャンルには食べ物の成立ちにつながる多くの特徴ある実験を収載している.実際の学生実験では,実験時間数(実験回数)の実情に応じて,適宜実験項目を選択して構成されるであろうが,どの実験項目も本書の趣旨に沿った実験で,次への展開ができるよう記されているので,皆さんが本書を十分活用されて,実験がスムースに充実して進み,そして,食への興味が増して食べ物の成立ちの学びが深まることを切に願っている.
【目 次】
第1編 食品実験を始めるために
1. 実験器具・試薬・基本そうさ
1.1 実験器具の種類と取り扱い
1.2 ガラス器具の取り扱いと使用方法
1.3 試薬
1.4 基本操作
2. 実験の基礎
2.1 基本的なガラス細工
2.2 定量分析の基礎
2.3 顕微鏡の操作
2.4 測定値の取り扱い
第2編 食品実験
1. 食品の基本操作実験
1.1 スクロース溶液の調製
1.2 塩化ナトリウム(NaCⅼ)溶液の調製・希釈操作
2. 食品のおいしさに関わる実験
2.1 コメの吸水性
2.2 天然色素の安定性と褐変
2.3 pHの測定
2.4 総酸の定量(中和滴定による酸度の測定)
2.5 沈殿滴定による塩化ナトリウム含量の測定
2.6 デンプンの糊化の顕微鏡観察
2.7 ゼラチンゼリーの物性測定
2.8 基本味の官能評価
3. 食品の糖質、脂質およびタンパク質の科学的性質についての実験
3.1 糖質の確認と酸加水分解
3.2 脂質の成分確認、特徴、劣化判定、分画および乳化
3.3 タンパク質の特質の確認と分離、分析
4. 食品のミネラル(無機質)についての実験
4.1 無機元素の検出
4.2 カルシウムの定量
4.3 リンの定量
5. 食品の水溶性ビタミンについての実験
5.1 水溶性ビタミンの定性試験
5.2 ビタミンCの定量
6. 食品の核酸成分についての実験
6.1 魚肉のイノシン酸(IMP)の定量
7. 食品に利用される酵素についての実験
7.1 アミラーゼの作用を知る実験
7.2 異性化酵素の作用を知る実験
7.3 プロテアーゼの作用を知る実験
7.4 リパーゼの作用を知る実験
8. 食品の一般成分の定量実験
8.1 一般分析