師匠:時は建長5年、大雪が降り続くある日のことでした。
弟子:建長5年っていつ?
師匠:ざっと800年前のことでございます。
弟子:あー、もう入り込んじゃってるね。
師匠:夜になろうとした頃、とある僧侶が突然民家を訪ねました。
弟子:何しに?
師匠:大雪でどうにもならず一晩泊めてもらおうと思ったのでございます。
弟子:ふんふん。誰んちに?
師匠:佐野源左衛門常世でございます。
弟子:随分設定が細かいですね。
師匠:佐野源左衛門常世でございます。
弟子:つねよ?どこの人?
師匠:上野国佐野、今の栃木県でございます。
弟子:ふーん。
師匠:常世夫妻は僧侶を親切に向かい入れ、粟の粥を差し上げました。
弟子:粟の粥ですか。貧しいっすね。
師匠:僧侶はありがたく頂き、体も温まりました。
弟子:よかったね。
師匠:ふと僧侶が辺りを見ると家の中に鎧や兜が置いてあるのに気が付きました。
弟子:ワケあり武士ですか。
師匠:それはともかく降り続く雪のせいで寒さは酷くなるばかりです。
弟子:だろうね。昔の家は断熱材入ってないもんね。
師匠:くべるにつれ元々少なかった薪は底をついてしまいました。
弟子:ありゃりゃ。
師匠:すると常世は丹精込めて作っていた鉢植えの木をくべだしました。
弟子:どんな鉢植え?
師匠:立派な枝振りの松桜梅などでございます。
弟子:で?
師匠:僧侶はもちろん止めるように言いましたが常世は一向に聞きません。
弟子:うん。僧侶をもてなしたいんだね。
師匠:僧侶は失礼と思いながらも家人の名前や来歴を尋ねてみました。
弟子:気になるよね。
師匠:最初は拒んでいたものの、常世はぽつりぽつりと話しだしました。
弟子:雪国の夜は長いからね。
師匠:鎌倉武士の子であることや熱い魂を語りました。
弟子:熱い魂とは?
師匠:幕府に一大事があれば直ちに馳せ参じる所存でございます。
弟子:武士だなぁ。
師匠:事情を解した僧侶は翌朝再び旅立ちました。
弟子:まさかそれで終わりじゃないでしょ?
師匠:それから数カ月後、常世は幕府の一大事を耳にしました。
弟子:うんうん。
師匠:時至れりと鎧兜を身に纏い常世は勇ましく駆けつけました。
弟子:うんうんうん。
師匠:と、そこに居たのは…………。
弟子:僧侶なんでしょ?
師匠:あの時の僧侶ではありませんか。
弟子:やっぱりね。誰なの?
師匠:時の執権・北条時頼でございます。
弟子:ほへー。
師匠:時頼は痛く感激し、常世に下野三十六か郷を与えました。
弟子:スゴイですね。
師匠:またあの時くべた松桜梅にちなみ………。
弟子:なになに?
師匠:上州松井田の庄、越中桜井の庄、加賀の梅田の庄も与えました。
弟子:常世大逆転じゃないっすか。
師匠:常世は6万3千石の大名に取り立てられたのでございます。
弟子:人には親切にしなきゃね。
師匠:これが世に言う能の「鉢の木」のお話でございます。
弟子:なーんだ、作り話なの?
師匠:常世のお墓は佐野市鉢木町で大切にされているのでございます。
弟子:じ、実話なんですね。はふー。
師匠:面白かった?
弟子:面白いです。素に戻ったんですね。
師匠:鉢の木ってのは「質素だが精一杯のもてなし」って意味があるんだよ。
弟子:あー、いいですねー。なんか感動する。
師匠:昔の人はなんでも粋な言葉遣いだよね。的確で爽快。
弟子:ほんとそう思います。
師匠:だからワシらも鉢の木活動で植木鉢を紹介するよ。